美術の執筆や翻訳の仕事で、画家の人生を綴ることが多い。
長い伝記の翻訳をするときには、数か月、その画家と共に生きる。
大学時代、アメリカの女性画家、ジョージア・オキーフの伝記を読んだ。
以来、憧れの画家で、あるとき一人旅でオキーフの家に行った。
安い航空券をとったので、3つの飛行機を乗り継いだ。
成田からアメリカ、シアトルへ、乗り換えてソルトレイクへ、そしてようやくニュー・メキシコ州、アルバカーキへ。
移動中、脱水症状をおこして体調が悪くなった。
そのおかげで、この旅はまるごと、夢かうつつか、霞がかかったように脳内に残っている。
サンタフェは優しいベージュやピンク色の街。土壁の色だ。
売店には、鮮やかなトルコ石や煌めく天然石、素朴な木の十字架が並んでいた。
木陰にテーブルが並ぶカフェで、メキシコ料理のタコスを頬張る人々。
サンタフェから車に乗り、荒野へでると、そこはアンセル・アダムスの写真で見た世界。
切り立つ土の断崖。赤土の層が美しい。景色はどこまでも広がっている。
現地の人によれば、車で荒野を走っていると、ずっと先に雨が降る様子が見えることもあるという。
それほどの広さだ。
ゴーストランチでは、現地のツアーに参加した。オキーフの暮らした家に入ることができる。
一面ガラス張りの寝室からは、彼女が絵にした渓谷が遠くに見えた。
清潔な台所には、ところせましとハーブの瓶が並ぶ。
家の外壁には、角のある動物の頭蓋骨。
オキーフの絵の常連モチーフで、夫スティーグリッツの写真では彼女の傍らに写る、あの頭蓋骨だ。
オキーフは荒野を歩いてこうしたスカルを拾い、持ち帰って描いたという。
憧れる。私は荒野では見つけられなかった。あたりまえだけれど。
土産物屋で買おうか逡巡したが、自分の部屋にはスペースがないことにようやく思い及んだ。